やっと戻ってきました。そして、新年へ。
やっと戻ってきました。
毎日って決めたのに我ながら情けないですが、書けなかった。
スマホでも、PCでも、このブログを開くことさえできませんでした。
忙しかったからではなく、開くことも書くことも出来なかったんです。
逃げてました。目を逸らしていた、と言うべきか。
でも、自分の中では1秒も忘れてなくて、ずっと考えてた。
厳密には考えてたではなくて、感じようとしていた、見ようとしていた、
自分を理解しようとしていた、何から目を逸らしてるのか向き合おうとしてました。
苦しかったーーーー
激しい苦しさではなくて、じわじわと追い詰められていく、抜け出せない苦しさでした。
特に年末の昨日、今日。
もうすぐ今年が終わる、このまま終わると思うと胸が苦しかったんです。
比喩ではなくて、本当に胸が痛くて、苦しかった。
心が私に「気づいて!」って訴えてるような息苦しさを伴う感覚。
電車に乗ってても、買い物中でも、家族と話してても、何度も何度もきて、
「なんだろう?私はどう感じてるんだろう?どうしたいんだろう?」と
必死で向き合いました。
でも、そのまま年を越してしまって。
行く年来る年も見終わって、お風呂に入って、湯船につかった時に、
「今願ったことが叶うんだとしたら、何を願うだろう?」とふと考えました。
浮かんだのはたったひとつだけ。
お金でも贅沢でもなく、好きな人とこうやって一緒にお風呂に入りたい。
笑いあって一緒にいたい。それだけでした。
具体的には今「お互いに自分に集中しよう」と離れている彼と。
ものすごくびくびくしながら、
彼とそうなっているところを素直に思い浮かべてみました。
すごくうれしい、満たされた気持ちがこみ上げるとともに、
「期待して裏切られたら傷つくからやめよ!」という強い抵抗が。
そこで気づいたんです。
いつもこうだなーって。
ちょっと望んで、その後すぐ傷つかないように手を引く。
そうやって、心からの望みをいっつも蓋してきた。
しかも「~~だからしょうがない」って周りのせいにして。
今回だったら、「こないだLINEしたけど返事がないんだからしょうがない」。
そんなすぐ諦めるの?LINEで1回返事がなかったからなんなの?
うまくいくかわからないから、怖いからやめとく、ってなんなの??
うまくいくかわからないけど、やってみようよ!
最初に望みを思い浮かてこわごわ具体的に場面を想像してみた時、
私が彼に1番言ってほしかった言葉は「うまくいくかわからないけど、やってみよう」でした。
本当は私が自分に言いたかったんだ、と気づきました。
やってみてうまくいかなくても別に終わりじゃない。
その時点でどうしたいのか、また心の声を聞いて好きなほうに進めばいい。
勝手に「これがうまくいって、これはだめ」って自分の中で決めてるから
1回思ったようにうまくいかなかっただけで「もうだめだ」ってなっちゃう。
いつも心の望みを受け止めて、そのために動いてたら、だめなことなんてない。
いつだって進めるし、いつだってしあわせだ。
望みを思い浮かべて、そのために動くこと。
私はいつも同時に、望みが叶わなかったときに傷つかないようにブレーキをかけてしまっていた。それを止める。
傷つくのが怖くて、うまくいく保証がないからって、ブレーキをかけてる自分に気づいたら、「いつもの癖だ」って認識してもう一度望みをちゃんと受け止める。怖くても手を伸ばす。
怖くてもいいから。逃げそうに何度なってもいいから。
そこで気づいて、心の声、望みにもう一度向く。
あぁ、ここまでこれて(気づいて進めて)良かった。
年越しにはちょっと遅れてしまったけれど、私の中でも新年を迎えられました。
本当にまとまってなくて、読みにくくてすみません。
2016年、このブログを1度でもお読みいただいた方に感謝をこめて。
ありがとうございました。
2017年もよろしくお願いします!